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最高裁判所第二小法廷 平成2年(行ツ)103号 判決 1990年7月20日

上告人

石原正一

右訴訟代理人弁護士

前田正次郎

竹嶋健治

吉田竜一

被上告人

姫路労働基準監督署長菊川正

右当事者間の大阪高等裁判所昭和六二年(行コ)第五四号療養補償不支給処分取消請求事件について、同裁判所が平成二年三月二三日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人前田正次郎、同竹嶋健治、同吉田竜一の上告理由について

上告人の本件発病が業務に起因するものではないとした原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 香川保一 裁判官 藤島昭 裁判官 中島敏次郎)

上告代理人前田正次郎、同竹嶋健治、同吉田竜一の上告理由

一、原判決は、昭和六二年一〇月二六日付の労働省労働基準局長による新認定基準に基づき、本件上告人の事故前の業務は相当の重労働であることは認められるものの、未だ日常業務と比較して特に過重な業務に従事していたとまでは言えないと判断する。

二、原判決は、右新認定基準の立場から、本件のような事故の業務性を判断するについて、(イ)発症に最も密接な関連を有する精神的、身体的負荷は、発症前約二四時間以内のものであると考えられる。従って、この間の業務が特に過重な業務か否かが最も重要である。(ロ)次に重要な負荷は、発症前一週間以内の精神的、身体的負荷である。この期間、日常業務に比較して特に過重な業務に至らないまでも、過重な業務が継続すると血管病変等の著しい増悪が引き起こされることとなる。(ハ)発症前の一週間より前の負荷は、その発症についてみれば、直接関与したものとは判断し難い。つまり、発症前から遡れば遡るほど、その間の負荷と発症との関連は希薄となる。(ニ)過重性の評価に当たっては、業務量(時間、密度など)、業務内容(作業形態、業務の難易度、責任の軽重など)、作業環境等を詳細に把握し、判断する必要があるとの判断基準を示している。

三、然し、まず上告人が行っていた配車作業のように精神的負荷が重い業務の場合はストレスの蓄積傾向が強く、単に事故前二四時間とか、一週間以内の業務を重視するのみでは、本人の高血圧と業務との関連を判断するについて十分でないことは田尻証人の意見書および証言からも明かである。この点について原判決は、労働基準法第七五条の業務性の解釈を誤っていると言わざるを得ない。

四、更に原判決は、過重性の評価に当たり、前記二の(ニ)に記載したように、その内容を詳細に把握、検討する必要があることを認めている。然し、上告人の指摘していた(イ)上告人の作業は非常に精神的負荷の強い作業であり、そのような作業を一日一二時間にも及ぶ長時間に亘り、継続して行った場合、一週間に一度の休暇では精神的ストレスは解消されず、蓄積されていくこと、(ロ)上告人の作業においては、休憩時間の保障がなされておらず、昼休み時においても、事務室において、トラックを走らせている運転手や取引先からの電話に追われながら食事を取るというのが常態であったこと、(ハ)上告人は、作業長という中間管理職の立場にあり、事故前から、従来は女性職員が行っていたコンピューター用のプログラム作成作業を上司に教示し、その点検作業を行うようになっており、本来の配車作業についても、上告人の前と後では、三名によって行っている作業を上告人一人のみで行っており、作業密度や人間関係においても、非常に過酷で激しい作業内容、環境であったこと、(ニ)帰宅後も、連日のように自らの配車内容を点検し、運転手による偏りが起きないように、帰り便の空きが起きないように、調整作業を行っていたこと、(ホ)作業現場には、休憩室も当直室もなく、当直に入る場合、身体的、精神的疲労をいやす場の確保がなく、当直自体、その間に三度のパトロールをする厳しいものであり、それを科せられることは身体的、精神的に非常な苦痛をともなうものであったこと、(ヘ)上告人は、当日、突然に、当直勤務を科せられ、一二時間労働の後引き続き当直勤務に入り、前記プログラム点検作業を残業務として行っていたこと、(ト)事故当時、上告人の席は、クーラーの吹き出し口真ん前にあり、冷風による身体的疲労、変調も相当なものであったことなどの事実は、特に、当事者間において争いのないところである。ところが原判決は、これら事実について十分な検討をすることなく、上告人の事故前一週間以内の業務は過重な業務とは言えず、事故当日の業務も過重なものではないとする。業務の過重性については、本来、右のような事実を詳細に検討して行うべきものであるとする原判決の基本的前提と明らかに矛盾しており、上告人のような業務を過重なものと認めないと言うことは、一般人の常識、社会通念とも明らかに相違したものと言わざるを得ない。右原判決の判断は、その方法において、総論と各論の矛盾があり、合理的判断理由の指摘に欠けるものである。

従って、原判決は、法令の解釈を誤り、判決内容に影響を及ぼす理由齟齬あるいは理由不備あるものとして破棄されるべきものと解する。

以上

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